ミュンヘンのこと

まず、別にパレスチナ・イスラエルの問題について、どうのこうのいうつもりはないし、「ミュンヘン」の個人的感想を押し付けたいとか、納得してもらいたいとかいう気もさらさらない。
ただ、スピルバーグを愛する人間のひとりとして、というか、おいらを映画好きにして人生を狂わせやがった恩人に対するリスペクトとして…以下、おいらなりのミュンヘン追記を。



スピルバーグは、「ミュンヘン」撮るか撮らないかで、かなり悩んだことは想像に難くない。なぜなら、「アミスタッド」や「シンドラー」や「プライベートライアン」の題材はどちらかといえば過去のことだけど、「ミュンヘン」は今も続いていることだから。
だから、もともと、世界的名声を得ているスピルバーグにとって、あえてリスク(恐らく沸き上がるであろう非難)を覚悟してまで撮る必要はどこにもなかった(てゆうか、彼の立場から言えば、触れずに、避けてれば、何の問題もなかった)作品なんだと思う。
でも彼は自分で創った。では何が彼を突き動かしたんであろう、ということを考えたとき、おいらは「世界を啓蒙しよう」という大それたことよりも、彼自身の極めてパーソナルなものが動機ではなかったかと、最初観て感じましたわ。極論すれば、観てるおいらたちのことは別にどうだっていいというか、、

それは単に、子どもに対する父親としての責務とでも言いましょうか、、思うに、9.11を目の当たりにしたスピルバーグが、自分の子どもに対し「おまえの父親って、こんな民族の血を引いているんだよ(おまえも)」ってことを単に伝えたくなったのが、そもそもの出発点(根源)で、始まりはそれ以上それ以下でもなかったのではないかという気がする…(9.11の影響がどこに現れてるだとか、今ほとんどのアメリカ映画に言えるようなことを今さら得意げに語るのは、ここでは無しにしますわ)

…てゆうのは、たとえば、最後の貿易センタービルのショットを含むエリック・バナとジェフリー・ラッシュのやりとりなんて、あそこまで分かりやすくする必要はどこにもない(ハッキリ言ってしまえば、まるごと不要。普通の大人であれば、わざわざ言葉にしなくても、それまでの描写で充分に分かる)のに、スピルバーグはあえて、愚鈍なまでに分かりやすさにこだわってる…。
あれは、子どもたち(自分の子を含む若い世代)に分かりやすく伝えるためとしか、おいらには思えんのですわ(同時に、あ、今回オスカー重視してないな…とも感じたけど)。

先日、「ミュンヘン」を観たという福岡の知人から電話がかかって来て「暴力が暴力を生むって、言いたいことは分かった…で、それで?」と宣いやがったのに対し、おいらは「別にスピルバーグはアンタに向けてこれ創った訳じゃないんだから」と冷たく返してしもた。
要するに、スピルバーグがこの作品にメッセージを込めたとすれば、その対象はおいらたち大人ではないと…。スピルバーグ自身には、いまを生きる大人に向けて、何か高尚な提言をするつもりなど鼻から無かったと思う。
彼があの映画にメッセージを込めたとすれば、自分の子を含むこれからの新しい世代に「このこと知って、どう感じる?」って範囲のものだけだったのでは…と思う。だから、ある意味、「ミュンヘン」がイスラエル・パレスチナ問題への入門編と言われても仕方ないんだけどね、、。
けど、スピルバーグ自身はそれで充分だったのではなかろうか、と思う。いやむしろ、それ以上にするつもりもなかったのでは、とも。
おいらも、それで充分である。そもそも、彼にとって意味があれば、それだけでエエんでなかろうか、、スピルバーグは政治家でも神でもないんだし、彼にそれ以上の何かを求めるのは、彼を買いかぶり過ぎではなかろうかとも思う。結果として、観たもん同士が勝手に意義を感じ、社会性をもって広がっていけば、作り手として、それはそれに越したことはなかろうけど、、。

んで、スピルバーグが、「あの題材を娯楽作として見せた」点について。
やっぱ常に火種が燻ってる微妙な問題なんで、スピルバーグもどう描くは、かなり慎重に吟味したと思う。
で、スピルバーグがとった演出アプローチは「シンドラー」と「プライベートライアン」の間、つまりは、評価の高かった「シンドラー」と「プライベート〜」に近いスタンスでモノづくりをしていこうとした…(と、おいらは感じたが)。
「ミュンヘン」同様、「シンドラー」も「プライベート〜」もスピ映画の中では社会派といえる題材なんだけど、でも、あの2本もまた、実は娯楽作として良く出来ている。たとえば、シンドラーのガス室に行く、行かないのハラハラドキドキ演出なんて、まさにスピルバーグの真骨頂!要するに「シンドラー」も「プライベート〜」も、スピルバーグはどう面白く見せるかにまずは力を注いでたと、おいらは間違いなくそう思う。
で、何が言いたいかと言うと、「ミュンヘン」におけるスピルバーグの姿勢は、少なくとも「シンドラー」や「プライベート〜」に取り組むときの姿勢と何ら変わってないと、おいらは思う。
そもそも彼はオリバー・ストーンでも、マイケル・ムーアでもない。映画人スピルバーグの価値は娯楽的な見せ方の巧さにこそある。彼は面白さをツールとしてストーリーを語ってく人だから、おいらにとって「ミュンヘン」とは、イスラエルとパレスチナの問題を「シンドラー」「プライベート〜」同様、ただスピルバーグ流に忠実にこしらえただけ、、
むしろ、デリケートで微妙な問題だからこそ、スピルバーグが自分の映画人としてのスタンス(スタイル?)を変えず娯楽作として見せたことに対して、おいらはかなりリスペクト!!!である。
なぜなら、彼がユダヤ人だから。なぜなら、これまで(「シンドラー」や「プライベート〜」)は安全地帯の中だったけど、今回はその外でそれをやったから。

で、最初のスピルバーグの動機のところに戻るんである。彼の当初の目的果たす(あの問題に興味を持ってもらうため)には、いま何も知らない子どもたちが、それなりに分別のつく年齢になって観た時、まず、とりあえず面白さで最後まで引っ張って魅せることから始まるのではなかろうか(子どもが観るには、当然、堪え難い描写が多いしね)…
てゆうか、やっぱ何を伝えるとしても、まずは映画である限り、映画としての魅力(面白さ)がないとなぁ、、

そもそも、おいらの使う「娯楽」とか「面白い」とかいう言葉の字面の印象が悪いのかもしれんなぁ、、、なんか明るい印象を与えますもんなぁ、、
無論この場合「愉快」とか「楽しい」とは違う意味なんだけど、うううん、おいらにとっては、惹き込まれるパワーの度合いを表す言葉が他に見当たらないので、「ミュンヘン」については、それ使うしかないですが。
ただ「ミュンヘン」にも「ホテルルワンダ」にも「面白い映画」という言葉は使えても、「ホテルルワンダ」には娯楽という言葉は使えません、、、なぜなら「ホテルルワンダ」はスピルバーグじゃないから。
[PR]
Commented by CaeRu_noix at 2006-02-13 18:50
こんにちは。
昨夜、たまたま「俺の話を聴け~!」の「虎ノ門」の記事のコメントを目にして、凹さんの井筒氏に対する思いにとても共感したついでに、ミュンヘン論も興味深く読ませていただきました。私はスピルバーグやその作品については多くを知らないのですが、「ミュンヘン」には圧倒されました。安全地帯から外に出たことに感動しました。それは大きなことだと思うし、大いにメッセージ性を感じました。なので、(TVは観ていませんがメッセージが出ていないと怒ったという)井筒氏の感受性&思考回路がとても謎です・・・。それはさておき、子どもたちのための、次世代のへメッセージというのはなるほどと思いました。スピルバーグのスゴさをもう一度見つめなおしたい今日この頃。
Commented by cinema-stadium at 2006-02-13 19:40
>CaeRu_noixさん
はじめまして。まさか井筒氏のことに共感いただくとは恐縮です!
でも、井筒氏という人間は嫌いなんですが、「パッチギ!」という映画は大好きです。もし未見であれば、ぜひご覧になってください。
スピさんについても、コメントありがとうございます。
おいら、ちとスピさんへの思い入れが強過ぎるのかもしれません、、
Commented by Yin Yan at 2006-02-15 20:17 x
こんにちは!いろいろ考えちゃってコメントが遅くなりましたm(_ _)m
この件に関してボクが不快に思うとか全然ないので、これからも気楽にお付き合いくださいね。ボク自身も突っ込んだ深い話ができて本当に良かったと思ってます。まず最初にお詫びというか、ボクの書き方が悪くてまるで井筒監督というパーソナリティに共感しているような印象を与えてしまったのがミスでした。ボク自身やんわりと普段の井筒コメントを否定してるのですが、もっとはっきりと書くべきでした。井筒さんのスタンスについてはあまりにも偏ったものなので、一種のエンタテインメントとして流してます。

ボクも長いので何段かに分けさせてください。
Commented by Yin Yan at 2006-02-15 20:17 x
※つづき
で、今回のミュンヘンですが、凹さんの意見は十分理解したうえで相違点を書けば、凹さんがスピルバーグ愛に満ちた視線でこの作品の製作意図を肯定するのと同様に、スピルバーグファンのボクにも一定の期待値があって、スピルバーグだからこそ誰にも語れない、誰にも描けない新しい提言をして欲しかったと思っていたのです。だって当事者である彼が、ドキュメンタリー作家でもない彼が、この問題を取り上げると聞いたら「おお、何を語ってくれるのだろう?」と期待してしまうのも仕方ないと思うんですよ。そして出来上がった作品がその期待を満たしてないと思えば文句のひとつも言いたくなるというか・・。その原因はスピルバーグが原作以上に訴えるものを構築できてなかったからだとボクは考えているのです。このミュンヘンがスピルバーグのオリジナルであれば、その意図は十分に汲み取れたんだと思います。原作から少しでも発展したスピルバーグ個人の思いを聞きたかったというのがボクの思いでした。
Commented by Yin Yan at 2006-02-15 20:20 x
※つづき
もうひとつには世界史を専攻したボク自身の気持ちの問題もあったように思います。この問題はすでに入り口論は語りつくされていて、さあこの先どうするんだ?というテクニカルな議論が現在の主流です。そしてそれが行き詰っています。この現状にスピルバーが新しい光を灯してくれれば嬉しいな、という個人的願望もあったのだと思います。そりゃおまえの勝手だろ、と言われればそれまでですが。でも基本は「スピルバーグが好き」という同じところから出発している意見なので、実はお互いそれほど離れた意見を語ってるわけではないとも思います。
まあボクが何を期待しようが作るのはスピルバーグであって彼がこれで十分だと考えているのだとしたら、それはそれでボクは支持しようと思います。凹さんたちの意見を聞いてそう考えることが出来るようになりました。もちろんボク個人も「長い」ことを除けば、映画そのものは秀逸な出来だと思ってます。凹さんがおっしゃるような意図がスピルバーグにあるのだとしたら、ミュンヘンはその意味で完成された作品なのでしょう(^^)
Commented by cinema-stadium at 2006-02-15 23:10
>Yin Yanさん
丁寧なレスありがとうございます。こちらが長文レスしたことで、Yin Yanさんに余計な時間とらせてしまったかなと反省しております。おいらは基本的に映画を観ることは出会いだと思ってるんで、原作を知らずに観たおいらは幸せな出会いをしたのかもしれません。それにスピルバーグくらいのビッグな存在になると、それぞれに期待するものが違うのも当然ですしね。事実、「宇宙戦争」はおいらの期待を大きく裏切った一本ですし。だからYin Yanさんが言われていることを否定するつもりなぞ毛頭ありません。ただ、おいらはこう思うってことを、なんかYin Yanさんには伝えたくなったんですよね。違いを認め合いたいって言うか、、。あと世界史専攻だそうですが、Yin Yanさんがその視点から観られたように、おいらは親の視点で観てしまった、という部分も大きいのだと思います。いずれにせよ、Yin Yanさんとは結構、他の作品でも感想違ったりしますが、おいらにとっては珍しくリスペクトできる反対な意見が多いんですよ。だから、こちらこそ、今後も気楽にお付き合いをお願いしたいものです(今回はちとヘヴィなやりとりでしたね、すんません)。
Commented by Yin Yan at 2006-02-16 00:50 x
違いを認め合うって素晴らしいことですね。世界もそうなってくれればいいのですが。映画の感想が違っても、こうやって話し合えることが幸せだと感じますし、違うからこそ面白いとも思います。こちらこそ今後ともヨロシクお願いしますね!
Commented by cinema-stadium at 2006-02-16 19:15
>Yin Yan さん
違いがあるからこそ面白い、、同感です、、刺激にもなるし、教えられもするし、、で、いつも違う人とたまに同じになると余計に嬉しいし、、。そんな意味で、Yin Yan さんトコは楽しませてもらってます。
by cinema-stadium | 2006-02-13 03:46 | Comments(8)